モラハラする理由・ゲリラ豪雨に備える
今回はモラハラする理由についてです。
モラハラする人についてですが、
モラハラする人は、モラハラする事が、身についてしまい、
残念ながら、当たり前になってしまっています。
それは、モラハラを日常的・定期的にする事に、
もう彼は長い間慣れてしまっている。
そういう理由もあります。
でもその「慣れ」以前に、根本的な理由があります。
それは、モラハラしないと生きては生けないからです。
その人にとっては、モラハラは生きていくうえで、必要な事なんです。
モラハラする人は、常日頃から苦しいのです。
そうなんです。
自分の中では相当に苦しいのです。
自分の中ではとても苦しいがゆえに、
モラハラすることで、
どうにかバランスを取って生きています。
日常必需品
どうにか彼が上手く生きていけるのは、モラハラしているがゆえになので、
ある意味、「日常必需品」なのです。
これはモラハラの対象にされている立場からすると、
とんでもない事ではありますが、
あなたに対し、八つ当たり、いじめ、コントロールする、
いやがらせ、文句、非難、威張る、命令する、押し付ける。。。
などなどを、することで、
自分の中のバランスを、どうにか保ち、
やっとサバイバルしているのです。
毎日が梅雨の様な重たい表情していませんか?
でも想像してみて下さい。
毎日がサバイバルって、なかなか大変なことです。
だから、まるでこの「生き地獄」の様な状態の証拠として、
実際に素顔の旦那さんは、日頃幸せそうでしょうか?
いいえ、そうではないはず。
常に辛そうな、重たい、暗い感じが覆っていて、
楽しそうな時は、ほとんどありません。
まるで、毎日梅雨の天気の様です。
周りの人たちもサバイバル状態
本人だけではありません。
もちろん周りの人も、
ある意味サバイバルしているのは、否定しようもありません。
あなたも、ご家族も、職場で毎日関係する人も、
相当なストレスを抱えて、毎日どうにか耐えて生きています。
予想不可能な天気
彼はあなたに、突然キレたり、
何でもない様な、つまらないことで、
急に言いがかりをつけ、いやみを言ったりと。。。。
いつ何時、ご機嫌斜めになり、
モラハラ的な言動が、
いつどこで、どんな条件下でやってくるかわかりません。
めったにあたらない時の天気予報よりも、
もっと予測できないほどだと
思うぐらいで、ちょうどよい思います。
急展開する、ゲリラ豪雨だと心得る
ですから多くの場合、
ゲリラ豪雨のように、
急にモラハラは起きてくるのです。
「そろそろご機嫌斜めになるかもな。。。」という様な不安定な状態ではなく、
たとえ晴天に見えても、
急にゲリラ豪雨のように強く降り出して、
そこら辺が水浸しになり、道路が冠水します。
あなた自身、日頃よく経験しているはず。
相手は、相手の都合で、いきなり自分勝手に、
急にやつあたりして来るだけなので、
あなたの事情や都合を、考慮してはくれません。
ゲリラ豪雨の様に、
彼の事はコントロールや予想は、ほぼ不可能。
だから、相手に合わて生きてはいけません。
自分が自分自身に左右されない
相手の言動が、予測不可能でコントロール出来ないのに対して、
こちら側が出来る事は、
あなた自身の中での、相手への反応を、コントロールすることです。
相手のご機嫌を、いくら先回りして行動しようと試みても、
ほとんど無理なのに対して、
自分の内側については、備える事は、かなりできます。
二つのゲリラ豪雨
ですから、ゲリラ豪雨は、2種類あります。
相手からのゲリラ豪雨(モラハラの言動)と、
それに反応して、
あなたの心の中でも起きてしまう、
強烈な失望や怒りや混乱という、
別の強烈なゲリラ豪雨です。
このあなたの内側のゲリラ豪雨(あなたの心の中の怒りや悲しみ・失望)は、
彼からのゲリラ豪雨以上に
ものすごく強烈で、猛烈な勢いで、
あなた自身に襲い掛かるのです。
あなたの心の中の世界での、ゲリラ豪雨の方が、
あなたの苦しみの大部分と言っても、おおげさではないぐらいです。
自分の中で起きているゲリラ豪雨は、自分の中で起きている以上、
直接的にそのまま伝わって経験してしまいます。
相手からの意地悪や自分勝手な言動(ゲリラ豪雨が)が、
ひどい時にでも、
もしあなたが強く反応しなければ、
あなたはその分、平和でいられます。
だから、どれほど相手からのゲリラ豪雨(モラハラの言動)が起こっても、
こちら側でゲリラ豪雨が起きないように
するのが肝心です。
もちろん人間である以上、
全く反応しないのは不可能です。
また、いつも自分の気持ちを抑圧するのも
よくありません。
そうだとしても、
相手からのゲリラ豪雨がひどいほど、
あなたの内側の成長が、
あなたの心の世界の調節・調和が、大切になってきます。
自分自身に左右されない事。
自分の感情の台風に、巻き込まれない事。
自分自身の内面に、打ち負かされない事。
だから、結局行き着くのは、
あなたの自分の内面の世界をどうするか、
という問題なのです。